2009年08月04日

宝慶寺

大野市の奥地、宝慶(ほうきょう)寺に行ってまいりました。
今回は池田町ルートを通っていった為、山道を延々と蛇行しました。

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宝慶寺は今から約700年前、寂円禅師によって開かれました。
開山寂円禅師は、日本から入宋した道元禅師(日本曹洞宗永平寺の開山)とともに、如浄禅師のもとで参学を続けました。

道元禅師ご遷化の後、弘長元年(1261)銀杏峰の麓に入り、石上に坐禅すること18年。
たまたまこの山奥に遊猟した下野守藤原氏(伊自良氏)が、坐禅される寂円禅師のお姿をみて、帰依尊信の念を起こし、一宇を草創して宝慶寺と名付け、請して開山と仰ぎました。

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なんという山奥にお寺があるんだろう・・と思いました。

人々の信仰ってすごいなぁと・・

どうやって資材を運んだのだろう・・

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■薦福山 宝慶(ほうきょう)寺

■福井県大野市宝慶寺1−2

※僧堂があります
 
 約50名坐禅できます
 予約が必要です

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posted by ほとけたび同好会 at 00:21 | Comment(2) | 福井県嶺北 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月23日

西山光照寺跡の石仏

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一乗谷朝倉氏遺跡の西山光照寺跡です。

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ここからは朝倉氏が繁栄していた1520〜70年代の室町時代の石仏や石塔が多数発見されています。

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福井の笏谷石に彫られた石仏は、表情豊かなものもあり、木造と違った趣がありました。

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西山光照寺は天台宗真盛派の寺院
寺域については確定できていませんが、残された土塁や結界石、地籍図などから推定すると、
かなり広範囲な寺域を持っていたものと思われます。

発掘調査では、礎石建物のほか、掘立柱建物や地下式倉庫、墓地などを確認。

地下式倉庫内からは焼土とともに多量の陶磁器が出土しましたが、これらの陶磁器は高熱を受けた痕跡を持っていたことから、
西山光照寺は火災によって廃絶し、その火事場整理のゴミを地下式倉庫内に埋めたものと考えられています。

 西山光照寺のシンボル的存在である大形石像物群の背後には、発掘調査の結果、巨石を利用した石垣が存在することが判明し、これらの石仏群が当初の位置を大きく動いてないことがわかりました。また、石仏群の前面において火葬骨を納めたピットを検出しています。

名称  西山光照寺跡(にしやまこうしょうじあと)
所在地   福井県福井市安波賀町
アクセス JR一乗谷駅→徒歩3分
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posted by ほとけたび同好会 at 12:41 | Comment(4) | 福井県嶺北 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月10日

花しょうぶの寺

先日、花しょうぶの寺ぴかぴか(新しい)

大安禅寺に行ってきましたわーい(嬉しい顔)手(チョキ)

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今から約1240年前、泰澄大師が福井田ノ谷の山中に竜王山田谷寺を創建し、当時48坊の坊舎が建ち門前市をなしたと伝えられています。

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しかし、織田信長の越前攻略に遭い、天正2年(1574年)全山、兵火のため焼失。

その後、寺は再び興されることもなく、廃墟と化していました。

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80数年の空白の後、万治2年(1659年)、第4福井藩主松平光通公が、両親、及び祖先の恩を忘れないため、福井藩主松平家の永代菩提所として大安禅寺を建てました。

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以来340年火災、震災などの難をのがれ建物は殆ど当時のままに現在に残されています。

御本尊は十一面観音菩薩をお祀りしてあり、北陸観音霊場の10番目の札所となっています。

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花しょうぶのお寺と言われている通り、6月、境内には花しょうぶが咲きます。

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今回行った時は、6月初旬だったため少しまだ早かったみたいです。

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花しょうぶを初めてじっと見つめた仏旅でしたぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)

花しょうぶは6月中旬の今が見ごろですわーい(嬉しい顔)exclamation

是非、いってみましょうひらめきsoon


■臨済宗妙心寺派 大安禅寺

 福井市田ノ谷町21-4


■重要文化財
 
 本 堂 - 入母屋造、瓦葺き。万治2年(1659年)建立。
 庫 裏 - 本堂右手に建ち、正面入母屋造、背面寄棟造、瓦葺き。
     万治元年(1658年)の建立。
開山堂 - 宝形造、瓦葺き。開山大愚宗築を祀る。
寛文10年(1670年)建立。
開基堂 - 宝形造、瓦葺き。開基松平光通を祀る。
延宝5年(1677年)建立。
 鐘 楼 - 寛文3年(1663年)建立。

      など・・
 
■その他の文化財ひらめき
     
 木造文殊菩薩坐像 - 平安時代末期作
 木造大日如来坐像 - 平安時代末期作


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posted by ほとけたび同好会 at 23:24 | Comment(5) | 福井県嶺北 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月16日

ちょっとそこまでC

天気がよくて春気分満載晴れ
なのでまたまたフラッと散策るんるん

村国山の観音様に会いに出掛けました

でもこの日は暑かったいい気分(温泉)いい気分(温泉)ふらふら
水分も何も持たずに家を出た為(しかも徒歩)引き返す気にもならず
このまま歩くかと気合を入れなおしたら

こんな看板を発見exclamation×2
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まさにお助けの清水駐車場
こんなところがあったなんて


階段を上った先にお堂がみえました
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ノドの乾きと戦いながらもカメラ
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そして程なくお堂に到着わーい(嬉しい顔)
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中には不動明王様
失礼してカメラ
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そしてお堂の横には
お助けの清水
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山からしみだしていました
結構つめたくて、まさに
お助けの清水でした

すがすがしい気持ちで絶景をカメラ
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観音様まではまだまだ・・・





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posted by ほとけたび同好会 at 00:25 | Comment(2) | 福井県嶺北 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月10日

ちょっとそこまでB

気の向くままにふらっと
ちょっとそこまで

以前の記事にアップされている
若狭三十三ヵ所観音霊場 特別霊場三方の石観音さん
ここに祀られている観音像は弘法大師が一夜で彫ったとされています。しかし、夜明けを告げる鶏の声で、右手首から先を彫り残したと伝えられています


その分霊が近所にありました
チャリンコでふらっと出掛けた際に発見しました
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たまたまこの地に三方石観世音の上野老師がうんぬん
って書いてありました



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住宅地の一角にポツリと佇んでました

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中には入れなかったのでガラス越しに
パチリと失礼しました


新たな出会いに思わずにっこりな一日でした






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posted by ほとけたび同好会 at 23:45 | Comment(4) | 福井県嶺北 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月14日

大本山永平寺冬のとうろうまつり

2月8〜11日まで
大本山永平寺にて冬のとうろうまつりが行われていました

わたしも2月9日に
普段とは違う永平寺を観に出かけました
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永平寺(えいへいじ)は
福井県吉田郡永平寺町にある曹洞宗大本山の寺院です
山号を吉祥山と称します
開山は道元、本尊は釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来の三世仏
總持寺とならんで日本曹洞宗の中心寺院(大本山)です


全国的にも知られているところだと思われますが
ここ数年参拝者の数が減少しています

そこで4年前から
雪に包まれるこの時期を逆に利用し
山門や唐門などをライトアップし
参道を灯篭で幻想的に飾るという催し物が行われ
少しでも冬の永平寺に訪れてもらおうと企画されています
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ひんやりした空気
そしてその空気は
行き交う多くの人々の心をもギュッと引き締めているようで
あたりは心地よい静寂に包まれていました
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そのような雰囲気の中で
いつもとは違う永平寺を参拝でき
心がスっとした気分でした
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通用門では
門前梅花講や婦人会の方などがつくった
涅槃団子が配られていました
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2月15日はお釈迦様が亡くなられた日にあたります
(亡くなることを涅槃に入られると言います)


お釈迦様の遺骨を模した涅槃団子に
様々な色着けをするのは
お釈迦さまの舎利(お骨)が五色に輝いたという伝説に基づいています

この団子を食べると無病息災で遜ごせると言われ
災難魔除けになると伝えられております
またこのお団子をお守りにされる方も多くおられます


平日にも関わらず
県内外から多くの方が訪れた‘永平寺冬のとうろうまつり’
夏の‘永平寺 大とうろう流し’と並んで
永平寺町を代表する催し物になったようです

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posted by ほとけたび同好会 at 10:50 | Comment(5) | 福井県嶺北 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月10日

能楽の里・池田町を尋ねて

さる2月6日、池田町は稲荷に鎮座される須波阿須疑神社へ向かいました。
こちらでは毎年、能楽の里池田の歴史を物語る「能面まつり」が行われるとのこと。
池田町といえば「かずら橋」「そば道場」そして「龍双ヶ滝」は足を運んだことがあるものの、雪深いご当地、冬の訪問はお初です。
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この暖冬、さすがの池田にも雪はありません。
この日は天気もよく、地元のご婦人方も歩いて参拝。
賑やかなひとときを過ごされていました。
地元.jpg

さて、この須波阿須疑神社はというと…
池田郷四十八ヶ村の惣社として古くから栄えてきた神社。
本殿は国の重要文化財になっており、また拝殿も
元禄2年(1689)に建立されたものとのこと。
能舞台と囲炉裏を持つ珍しい形式なんだとか。

外拝殿.jpg

さて、能舞台があるということで…
この池田町ではかつて5ヶ所の神社で田楽や能が舞われていたそう。現在では2月15日に鵜甘神社で行われる水海の田楽能舞のみとなってしまいましたが、いくつかの神社には能面や衣装が残されているとのこと。

大正6年までは須波阿須疑神社でも翁神事や能が神事として奉納されていました。その後途絶え、現在はその当時から使用されていた能面を公開し、かつての伝統を伝える祝い行事が行われています。それが「能面まつり」です。


公開は午後2時から4時までということで、緊張しながら拝殿へ…。
お面様がずらりと並んでおられました。遠目に拝見しつつ神事が
厳かに執り行われました。
はいでん.jpg

ふと氏子さんたちを見ると、大きなおなべをぐるぐるかき回しています。見るとそこにはぐつぐつ煮えるなべいっぱいの小豆粥が…
わたくし眺めていると、氏子さん
「うまく炊けたざ。」と一言。
あすきがゆ.jpg

さて、神事が終わると、お面が参拝客域近くまで移動され、
われわれ近くで拝見することが出来ました!!
面全体.jpg

公開された面は七面。
翁系御三面(父尉・翁・黒色尉)は秘面とされ公開されません。

↓尉は「からす飛び」に使用されていたもの。
男面.jpg

↓天神は文部省認定重要美術品で室町期の作。
なんとニューヨーク・メトロポリタン美術館に出品されたことがあるそうな。
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↓そして中年の女は県指定文化財で室町期の作。
こちらもニューヨーク・メトロポリタン美術館に行かれています。
中年女.jpg

そのほかにも若い女↓
若い女.jpg
あと三体は新しいもののようです。

まじまじとみると、見る角度によって顔の表情が違って見えたり、
長い歴史を経ながらいまや見ることができない能楽はどんなものだったのかなあなどしみじみ考えさせられました。
やはり伝統行事を守っていくことは尋常ではないのですね。

さてその後、参拝者にはたっぷりの小豆粥がふるまわれました。
なぜ小豆粥かというと諸説あるとのこと。
お昼ごはんを食べたばかりでしたが、おいしくいただきました。
甘酒もいただき、体はぽかぽかになりました。ごちそうさまです。

歴史ある池田の能面まつり。
またまたディスカバー福井の巻でした。

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posted by ほとけたび同好会 at 18:07 | Comment(4) | 福井県嶺北 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月02日

ある晴れた日に

冬の晴れ間を有意義に過ごそうと、仕事がてらにわがふるさと、
鯖江市神明に鎮座される神明社に参詣することにしました。
.

鳥居をくぐって拝殿までの参道を包み込む森は烏ケ森社叢といい、
鯖江市指定の文化財となっているのですが、
木々が生い茂っていて心地よく、マイナスイオンが出てる感じ。
神明社2.jpg

参道の左手には十の池と呼ばれる池があり、この池ではかつて雨乞いの
牛曳き神事なる行事が行われていたということ。
なんでも本物の牛を池の中で男衆たちが曳くというものらしいです。
以前10年ほど前に一度復活されたということ。
今年は丑年。乞う復活&景気回復!
神明社4.jpg
この日は平和にカモたちが泳いでいました。

歴史あるお宮さんのすごいところは、おもむろに文化財があるところ。
この神明社にもその歴史を感じさせるいくつかの文化財があります。
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神明社の神符納蔵(福井県指定文化財)
この神符納蔵は、古墳上に位置している。銘文より文禄2年に建立されたことがわかるが、その内容から考えると、もとは六部の廻国納経石龕であったものが、神符納蔵として使用されてきたものとみられる。“龕” とは仏像、舎利、経巻等を安置する厨子や容器を指し、 “神符”とは神社から信徒に授与された護符(おふだ、おまもり)のことである。


さてここでこの神明社の歴史について…
神明社6.jpg
神明社は、安康天皇の時代(5世紀中頃)の勧請と伝えられ、創建時は文殊山の南麓にあたる「湯の花山」に鎮座していた。大治4年(1129)に現在地に遷座し、以後、朝倉家をはじめ代々の国主の崇敬を受け、厚く庇護された

そしてこの神明社には国指定の文化財となっている旧瓜生家住宅があります。
神明社5.jpg

拝殿でしっかりと参拝させていただいたのち、天気がよいので境内をぶらぶら。

思えばこの神明社はいまからおよそ6年前、私が結婚式をあげさせていただいた思い出のお宮。
白無垢姿の私は赤い傘をさし、父・母とともにこの森の参道を静々と
歩いたのが遠い過去のよう…。

きっと初心に返りなさいという神様のおぼしめしなのですね。


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posted by ほとけたび同好会 at 19:20 | Comment(4) | 福井県嶺北 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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