2009年11月28日

第三十二番 繖山 観音正寺

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琵琶湖の東岸、標高433メートルの繖山(きぬがさやま)の山頂近くに位置する。伝承によれば、推古天皇13年(605年)、聖徳太子がこの地を訪れ、自刻の千手観音を祀ったのに始まるという。

観音正寺が位置する繖山には、室町時代以来近江国南半部を支配した佐々木六角氏の居城である観音寺城があり、寺は佐々木六角氏の庇護を得て栄えた。観音寺城は永禄11年(1568年)、織田信長の軍勢に攻められて落城。数年後には佐々木六角氏所縁の観音正寺も焼き討ちに遭い、全焼した。再興されたのは慶長年間(1596年 - 1615年)のことである。

観音正寺の本堂は平成5年(1993年)に失火で焼失した。交通不便な山中にある寺院のため、消火活動もままならず、重要文化財に指定されていた本尊千手観音立像も焼失してしまった。現在ある木造入母屋造の本堂は平成16年(2004年)に再建されたものである。新たに造立された本尊千手観音坐像は仏師松本明慶の作。旧本尊が1メートル足らずの立像であったのに対し、像高3.56メートル、光背を含めた総高6.3メートルの巨大な坐像である。像はインドから輸入した23トンもの白檀を素材に作られている。白檀は輸出禁制品であったが、観音正寺の住職が、20数回インドを訪れ、たび重なる交渉の後、特例措置として日本への輸出が認められたものであるという。   
Wikipediaより




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長命寺の後に訪れたのですが
ここにも階段がぁぁ〜がく〜(落胆した顔)

長命寺でかなりのダメージを受けた私にはなかなかの強敵

しかし辺りを見回すと
長命寺で見かけた人たちもちらほら目

なるほど
このコースはお決まりなのかとひらめき思いながら
ダメージの大きい足を引きずりながら上を目指します



階段の途中には番号が振られた札が

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楽なことを幸福と思っていては 人生の深い喜びは味わえない

うむ、この階段を登る事も修行の一つか

他には、行き詰まりは環境のせいではない 心の行き詰まりだ
などたくさんのありがたいお言葉がありました

頂上に進むにつれて番号が減っていくので
おおよその目安になりましたよ


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こちらのお寺は火事に遭い
本堂や御本尊など全てが新しいお寺でした

住職が当時の様子などをお話してくださり
寺を再建するんだという熱い想いを知り
山の上まで登ってきて良かったと思った次第ですぴかぴか(新しい)

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posted by ゴウ! at 11:59 | Comment(2) | 西国三十三所巡礼 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月24日

国宝 木造普賢菩薩騎象像

先週は、ほとけたび同好会のゴウさんと共に東京出張。
せっかくなので東京にある唯一の国宝の仏像を拝観してきました
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向かった先は、大倉集古館。

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迫力ある仁王様もお迎えしてくれます…



ここに収蔵されている国宝 木造普賢菩薩騎象像が目的です
そう象の上に普賢菩薩が座禅を組んで乗っておられる仏像です

受付を過ぎ、展示物を見ながらゆっくりと館内を歩いて行くと…
一番奥で、スポットライトの光の中にいらっしゃいました!
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※購入した写真より

切れ長の眼は冷静にすべての事象を見守っておられるかのような感じで、ふっくらとした優雅なお顔立ちをされています
まさしく仏像全体が優しさのオーラに包まれているかのようです

象は多少デフォルメされている感もありますが、重厚感があふれ、なんとも頼もしい感じです〜


■MENO■
全高約140cm,像高約55cm。
※頭と体幹部は檜の一材から彫りだされています。

普賢とは、十方世界に普く現れ方便を持って人々を救う観音様。
普賢菩薩は、釈迦如来の慈悲行を象徴する仏として、智恵を受けもつ文殊菩薩とともに釈迦の脇侍菩薩としてお釈迦様の両脇に侍し、それぞれ文殊菩薩は獅子に普賢菩薩は象に乗っておられます。
※お釈迦様の向かって左側に控えていらっしゃいます。
文殊菩薩とともに釈迦三尊としているほか、法華経仰者の礼拝像としての独尊もあります。
また、普賢菩薩は、悪人や女人の往生を助ける菩薩と考えられており、平安時代以降の女性の心をとらえています。

この普賢菩薩は、単独で祀られることは少ないということですので、
かつては、どこかの寺院で釈迦如来、文殊菩薩とともに祀られていたものと推測されます しかしどのような経緯でここに展示されているかというのは、はっきりとわかっていないということらしいのですが、厨子におられる仏様と違い、360度からお姿を拝見できるのもいいですね!

■大倉集古館案内
大倉集古館は、ホテルオークラ創始者大倉喜七郎の父で、明治の実業家大倉喜八郎が1917年に創立した、日本初の私立美術館です。
現在、その収蔵品は絵画・彫刻・工芸品・能装束など多岐にわたり、その数は2000点に及びます。さらに、1000部あまりの漢籍を有しています。
■名称 :大倉集古館 (オオクラシュウコカン)
■所在地 :〒105-0001 東京都港区虎ノ門2-10-3
■交通アクセス :
(1) 東京メトロ虎ノ門駅から徒歩で5分
(2) 南北線六本木一丁目駅から徒歩で5分
(3) 銀座線溜池山王駅から徒歩で5分
(4) 日比谷線神谷町から徒歩で5分
■営業期間:10:00〜16:00
※休業: 月 年末年始(12/29〜1/4)
■料金
大人 : 大人:700円
大学生 : 大学生:500円
子供 : 子供:300円
■お問合わせ :03-3583-0781


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posted by ペリー at 21:13 | Comment(4) | 東京 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月10日

社殿 建築の美A

いきなり連載がストップするであろうと思われた社殿建築の美シリーズたらーっ(汗)・・

なんとかギリギリ記事を投稿しますあせあせ(飛び散る汗)

シリーズ2回目は、石川県白山市にある白山比(しらやまひめ)神社ですぴかぴか(新しい)

祭神はと申しますと・・

白山比淘蜷_(しらやまひめのおおかみ)=菊理媛神(くくりひめのかみ)
伊弉諾神(いざなぎのかみ)
伊弉冉神(いざなみのかみ)

白山本宮・加賀一ノ宮 白山比盗_社パンフレットより

との、ことですグッド(上向き矢印)

ここいらで写真載せますカメラ

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では、ながながと説明を・・

霊峰白山を神体山として仰ぎ奉り、全国に三千余の御分社を数える白山神社の総本宮。
その創祀は崇神天皇の御代と伝えられ、朝野の崇敬を集め「延喜式」にもその名が記載される。
養老元年(717)、僧泰澄が初めて白山に登拝して後は全国に信仰が広まり、中世には山岳信仰、修験道の聖地として大いに勢力を伸ばし隆盛を極めた。
特に木曽義仲による崇敬は篤く「平家物語」や「源平盛衰記」にも見ることができる。

「全国一の宮会」編 公式ガイドブック 全国一の宮めぐりより

なるほど、平家物語に出ちゃいましたか・・
もはや別格ですなぴかぴか(新しい)

そして、この建築美をご覧あれわーい(嬉しい顔)グッド(上向き矢印)

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・・いや〜、バランスがいいですね晴れ
御祭神が女神さまだけに、全体的にふくよかな印象を受けます目
うむ、美しいるんるん
この日は、地元の小学生が社殿の絵を描いていました犬
なんという子供だぁ〜exclamation
・・子供に愛されてこそ神社目
初詣には多くの人が訪れるそうですひらめき

では、説明の続きをながながと・・

文明十二年(1480)に社殿が焼失し、現在の鎮座地である白山市三宮町に遷座され、その後一向一揆の影響を受けるも、前田利家により社殿が復興され、江戸時代には加賀藩主前田家の庇護を受け大いに栄えた。
明治四年国幣小社、大正三年国幣中社に列格。
境内には白山の伏流水が湧き出しており、霊水として有名である。
奥宮は白山の主峰御前峰(標高2702m)に鎮座し、夏山の時期には大勢の登拝者で賑わう。

「全国一の宮会」編 公式ガイドブック 全国一の宮めぐりより

なるほど、国幣中社ですか・・
なんという社格ぴかぴか(新しい)

そしてカメラ

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う〜む、なんというふくよかな屋根・・
屋根といえば普通反っていますが、こちらの社殿の屋根は膨らんでおりますぞexclamation
それがまた、なんとも美ぴかぴか(新しい)

霊峰白山・・おそらくスピリチュアルぴかぴか(新しい)
登ってみたくなりましたわーい(嬉しい顔)
では、今回はこれまでパンチ


■加賀国一の宮・石川県
 白山比盗_社 通称しらやまさん 

○宝物・文化財
 剣・銘「吉光」(国宝)など





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posted by アルデンテ at 15:05 | Comment(4) | 石川県白山市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月09日

第三十一番 姨綺耶山 長命寺

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長命寺は西国三十一番札所の霊場で、その歴史は古く人皇十二代景行(けいこう)天皇二十年長寿の大臣武内宿彌(たけのうちすくね)当山に登り「寿命長遠諸願成就」の文字を柳の巨木に記し、長寿を祈り三百歳以上も長寿を保ち、六代の天皇に仕えられたのであります。
その後聖徳太子が諸国歴訪の折り、此の山に来臨され、柳の巨木に「寿命長遠諸願成就(じゅみょうちょうおんしょがんじょうじゅ)」の文字と観世音菩薩の御影を拝され感歎されていると、忽ち巌の影より白髪の老翁現われ、「此の霊木で千手十一面聖観音三尊一体の聖像を刻み、伽藍を建立すれば武内大臣も大いに喜び、諸国万人等しく崇拝する寺となるであろう」と告げ失せられました。早速、太子は尊像を刻まれ伽藍を建立、武内宿彌長寿霊験の因縁をもって「長命寺」と名付け給うたのであります。



御開帳が10月31日までと言う事で
その前の週の土曜日に行ったのですが
物凄い人でした

山頂の駐車場はいっぱいで
1時間待ちとの事でした

わたしは初めから
有名な808段の階段を登るつもりだったので関係なかったのですが



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いや〜 しかしなめてましたね
いざ階段を目の前にすると

先は見えないし 急だし
帰ってくる人たちの表情も苦しそうだし
どうしたものかと思ったのですが
万人が抱くであろう長命と言う
この魅惑の二文字をかなえるべく
一歩を踏み出しました




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登り始めて5分程のところでカメラ

ふとももプルプル
写真もブレル
先は見えない

でも辺りをみると
おばあちゃん一生懸命登ってるし
とにかく頂上を目指しました






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命を削る思いで到着しました

身体からは汗が噴き出していましたが
とても心地よかったです

同じペースで登っていた初老の御夫婦と
ともに喜びを分かち合いました




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長命寺の全景
重文の本堂・三重塔・護摩堂などが見渡せます


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そして絶景exclamation×2

苦労して登った者へのごほうびぴかぴか(新しい)





一息ついたところで本堂へ

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御朱印所はすごい行列

で、思ったのですがこちらのお寺は
本気の巡礼の方がとても多いように感じました

やはりあれだけの階段を登ってこられるのだから
それなりの想いがあって参拝に来られてるんだなと思い

単に秘仏が見れるからという考えで訪れた私は
すこし恥ずかしい気持ちになりました




そんなこんなで1000円(高いexclamation×2)を払って内陣へ


薄暗い本堂の中には多くの人


昭和24年以来61年ぶりのご開帳です。

中央にかなり黒みがかった(本堂内の薄暗さのせいか?)
千手観音(平安後期)
右手に十一面観音(平安初期)
左手に聖観音(鎌倉時代)が安置されていて三尊一体でご本尊

千手観音はとてもお上品なかんじで
いつまでも見上げていたい衝動に
しかし後ろからは続々と人が押し寄せてきていました

右手の十一面観音はなかなかいい感じの肉付き
お顔はけっして美とは言えなかったですね

聖観音は人の波に押されそのお顔を見る前に遠ざかってしまいました





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仏様をゆっくりと堪能する事ができなかったのが残念ですが
コンパクトにまとまった境内は
なかなか見どころ満載で
ちょっとしたアトラクションのような長命寺でした




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帰り道
 思わず声かけ
   もうちょっと!





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posted by ゴウ! at 23:40 | Comment(2) | 西国三十三所巡礼 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月01日

第十四番 長等山園城寺 三井寺

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天台寺門宗の総本山です。平安時代、第五代天台座主・智証大師円珍和尚の卓越した個性によって天台別院として中興され、以来一千百余年にわたってその教法を今日に伝えてきました。

石山寺から三井寺を目指し車を走らせました

時刻が既に4時近くになっていて
駐車場に着いて、係りのおじさんに聞くと
まだ間に合うから急いでねと

とにかく観音堂を目指して長い階段を駆け上がりました


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内々陣の拝観料を払っていざ中へ


御厨子の中にひっそりと、しかし
確実に物凄いオーラを発していました


本尊は一面六臂の像容で、寄木造、彫眼、漆箔像です。
寄木造の木寄せは本躰部正中線で左右を矧ぎ、膝前は横材を矧ぎ、頭部は別材で造り、柄で本躰部に深く差し込んでいます。左右の六臂は肩先で矧ぎつけています。
円みのある顔を右に傾け、右手一手の指の甲を頬に当て、右膝を立てる姿は優美で端正です。
頭を飾る大きな透かし彫りの宝冠や瓔珞は後世のもので、流麗な本像には荷が勝ちすぎるようにも思われます。



まさに如意輪様の女性らしさがどど〜んと出ているように感じました
丸みのあるお顔
やさしく包み込むようなその雰囲気に
思わず座り込んで般若心経

石山寺のそれとはまた違う魅力にやられました



観音堂から琵琶湖を望む

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広大な敷地には数々の貴重な建造物が



唐院潅頂堂
・重要文化財 桃山時代
・五面五間 側面五間 一重 入母屋造 桧皮葺

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三重塔
・重要文化財 室町時代
・三間三重塔婆 本瓦葺


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金堂
・国宝 桃山時代(慶長四年 1599)
・正面七間 側面七間 一重 入母屋造
・向拝一間 桧皮葺


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時間があればもっとゆっくり見てみたいお寺でした

御本尊御開帳は
今年は11月30日まで
来年は3月17日〜4月18日となっています

大津市歴史博物館で行われている
湖都大津 社寺の名宝も行きたかったのですが時間切れ

また訪れたいです


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posted by ほとけたび同好会 at 18:21 | Comment(3) | 西国三十三所巡礼 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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