2009年02月27日

小浜巡礼の旅 若狭三十三観音札所 第十八番 多田寺

先月仲間達と小浜巡礼の旅へ…。
羽賀寺の後に立ち寄ったのは、若狭三十三観音札所 第十八番 多田寺です。
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この多田寺のご本尊 木造薬師如来立像は、日本三大薬師如来のひとつで、特に眼病に不思議な御利益があるといわれています。
祈願者が多いことで有名なんですよ目
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他にも、国の重要文化財に指定されいている木造月光菩薩立像などいくつかの仏像があります。
(左)木造菩薩立像(月光菩薩)(右)木造十一面観音菩薩立像(日光菩薩)
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又、多田寺は出世薬師ともいわれ、お金に恵まれる梵鐘があり、豊臣秀吉も鐘をついたそうですよ。
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その他にもまだまだ魅力的な木造四天王立像 4軀がいらっしいます。
四天王4体は、本堂内陣の須弥壇四隅を守る護法神として安置されています。
寺伝では4体とも奈良時代天平勝宝の頃の造像というとのこと。
いずれも彩色を施しているが、後世の補彩ものだそうです。
しかし本体そのものの作は優秀で、像容には特色があります。
 

邪鬼の頭を右足で踏み、左足で臀部を押し潰す勢を示した持国天は、右手に太刀を執って振上げ、左手は腹前に掌を仰いでいます。
はげしい動きをみせる袖の端が天部の活動的な気迫を示しています。
像高116p、持物を失っているのが惜しいexclamation
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左手を高く上げて刀を把り、右手に矛を持つ増長天像は、像高118p。
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右手に筆を持ち、左手に巻子を托す広目天像は典型的な造形で、四天王中、最も像高が高く123p
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左手に宝塔を捧げる多門天は、像高115p。
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四体とも、面奥、体奥がすこぶる厚く、太づくりで、しかも裳裾があまり風になびかず、重々しく下方に垂れるさまなど、天部像としては古風で、制作は平安時代としても前半期のものと考えられています。
作風が地方作らしく、粗豪な感じで、より重厚さが誇張されているようです

しかしこれだけ魅力的な仏像を有する多田寺ですが、私が仲間達と出かけたときは、冬期間中で拝観には電話予約が必要とのこと…もうやだ〜(悲しい顔)
無念…。拝観できませんでしたもうやだ〜(悲しい顔)
春になったらまた行きますダッシュ(走り出すさま)

仏像写真&文章:若狭小浜 デジタル文化財ホームページよりhttp://www.city.obama.fukui.jp/section/sec_sekaiisan/Japanese/index.htm

ここで多田寺マメ知識!
山号石照山。高野山真言宗。天平勝宝元年(749)孝謙天皇の勅命によって勝行上人が創建したと伝えられ、12坊の塔頭があったといわれています。江戸初期に火災に遭い、今の本堂は江戸時代文化4年(1807)のものです。
厨子に安置されている本尊薬師如来、十一面観音、菩薩立像の3体は、いずれも平安時代初期に若狭で作られた桧材の一木造で重要文化財の指定を受けています。これらの像は、通常の平安時代初期の像とは趣が異なり、天平的手法を幾分踏まえながら新しい技法様式を求めて造像されています。

また、十一面観音が若狭地方で作られたということは、日本に密教が布教されていった平安時代初頭には既に、若狭では密教受容の社会基盤がつくられていたことを示しています。この十一面観音像は歴史資料としても価値が高いといえます。
県指定文化財、平安後期作の木造阿弥陀如来坐像(三躯;像高144.5cm、他の二躯は91.5cm)を所蔵しています。
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入場料 拝観400円・拝観時間 9〜16時
休み 12月1日〜3月20日(休館時期は電話予約で拝観可)
住所 福井県小浜市多田29-6
TEL 0770-56-0894
交通 JR小浜駅→車10分。または東小浜駅→徒歩20分

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posted by ほとけたび同好会 at 19:01 | Comment(5) | 福井県嶺南 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月24日

能楽の里・池田を尋ねて〜再訪の旅〜

2月17日、この日は県内あちこちで様々な伝統行事が行われます。
有名なところでは今立の国中で行われる「ごぼう講」。
しかし私はこの日、約10日前に訪ねた池田町へ再び足を運びました。
前回に引き続き、もう一つの「お面さんまつり」が行われたのです。

場所は岐阜県との県境に近い志津原の白山神社。
この神社でもかつては毎年2月17日に能が奉納されていたのだとか。
白山がいけい.jpg

お面さんまつりとは…明治初期まで白山神社では翁神事や能が神事として奉納されていました。現在は、その当時から使用されていた能面・狂言面を参拝者に公開し、かつての伝統を伝える祝い行事です。

地元の方で大切に守られているこのお祭り。
2時から神事が始まるということでちょっと早めにうかがってみると、
拝殿は祭りの準備が整い、計11面のお面さまが飾られていました。
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おめん1.jpg

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お面は尉・べし見・景清・若い霊神2面・若い女・深井・蛇・賢徳・乙 とのこと

ふと見ると、拝殿の神殿前に一つの大きな箱が。
聞くとこの中には残り3面のお面様で、これは神主さんしか触れることができないのだとか。

そして始まった神事。
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神主さんが手袋をはめて木の箱を開け、ひとつひとつ丁寧にお面を
出していきました。
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みなさんはじっとその光景を見つめていました。

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このお面は父尉(県指定文化財)・翁(県指定文化財)・黒色尉(県指定文化財)

神主さんが祝詞、そして氏子さんたちが玉串を捧げ、滞りなく神事が執り行われると…
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神主さんは三面のお面さんをひとつひとつ丁寧に、再び木の箱へと
納めていきました。

その後神主さんは池田と能のお話をされました。
@池田は鎌倉時代から交通の要所として栄えたところで、
明治時代には人口1万人を超える町だったこと
A能を奉納することは昔の人々にとっては秋の収穫を左右する重要な
神事であり、これを行うにはかなりの費用を費やしたこと
この神社に伝わる江戸時代の能の衣装はかなり高価なものなのだとか。
Bしかし当時の池田はそれだけの財力(農地面積)を持っていたこと
などを話され、とても勉強になりました。
いまでは水海集落で行われるのみとなってしまった池田の能楽。
いつまでもこの歴史を守っていただきたいと感じました。


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posted by ほとけたび同好会 at 20:39 | Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月20日

ちょっとそこまで行きました

ずっと気になっていた近所のお堂に行って来ました

冬の晴れ間を利用して
チャリンコで出かけました

家を出て
すぐ近くのコンビニでペットボトルのお茶(ミルクティー)
を購入していざ目的地へ



お茶が4分の1無くならないか位で
到着しました
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そんなに大きくないお堂です

はやる気持ちを抑えて
まずどんないわれがあるのか
周辺を検索しました



“五智如来”
と記された石碑があるだけでしたが
やはり如来様がいるというのを確信しました
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いよいよご対面

天幕の向こう側は
ガラス窓の引き戸があったのですが
しっかりと鍵がかかっていました

しかし人が時より訪れているらしく
ストーブが置かれていました


そしてそこには五体の如来様がいらっしゃいました
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ガラス越しにパシャリと失礼させていただきました
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大日如来と薬師如来、阿弥陀如来

どのような仏様か分からずじまいですが
私の住んでいる近くにも
昔から地元の方に
守り続けられている仏様がいるというのを知って
何だかうれしくなりました



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posted by ほとけたび同好会 at 23:10 | Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月19日

ちょっとそこまでが・・・

ずぅ〜っと気になっていた
近所のお堂があります目

自分の住んでいる地区ではないので
詳しくは分からなかったのですが
毎日のように通る道路の脇にそのお堂があります車(RV)


気になったきっかけが
昨年の秋にその地区のお祭りがあって

いつもは人気のないそのお堂に多くの人が集まっていましたイベント

秋祭りだな〜って思いながらふとお堂の中を見ました

運転中だったのでしっかり見えなかったのですが
確かにいらっしゃったんですひらめき


おそらく三体
黒い御身体で鎮座している如来様が


それからというもの
そのお堂前を通る度、気になって仕方ありませんでした

季節は冬になり雪
例外なくそのお堂の周りにも
雪除けの天幕が張られてしまいました次項有

中の様子もうかがう事ができず目
もう行くしかない遊園地と心に決めました



しかしいつでも行けると思ってたら
年を越してしまい

2月になっていました



どんな仏様がいるのでしょうか・・・

次回に続く
(思ったより文章が長くなってしまったので2回シリーズにしました。今回は写真もありません。あしからずふらふら




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posted by ほとけたび同好会 at 23:36 | Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月14日

大本山永平寺冬のとうろうまつり

2月8〜11日まで
大本山永平寺にて冬のとうろうまつりが行われていました

わたしも2月9日に
普段とは違う永平寺を観に出かけました
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永平寺(えいへいじ)は
福井県吉田郡永平寺町にある曹洞宗大本山の寺院です
山号を吉祥山と称します
開山は道元、本尊は釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来の三世仏
總持寺とならんで日本曹洞宗の中心寺院(大本山)です


全国的にも知られているところだと思われますが
ここ数年参拝者の数が減少しています

そこで4年前から
雪に包まれるこの時期を逆に利用し
山門や唐門などをライトアップし
参道を灯篭で幻想的に飾るという催し物が行われ
少しでも冬の永平寺に訪れてもらおうと企画されています
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ひんやりした空気
そしてその空気は
行き交う多くの人々の心をもギュッと引き締めているようで
あたりは心地よい静寂に包まれていました
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そのような雰囲気の中で
いつもとは違う永平寺を参拝でき
心がスっとした気分でした
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通用門では
門前梅花講や婦人会の方などがつくった
涅槃団子が配られていました
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2月15日はお釈迦様が亡くなられた日にあたります
(亡くなることを涅槃に入られると言います)


お釈迦様の遺骨を模した涅槃団子に
様々な色着けをするのは
お釈迦さまの舎利(お骨)が五色に輝いたという伝説に基づいています

この団子を食べると無病息災で遜ごせると言われ
災難魔除けになると伝えられております
またこのお団子をお守りにされる方も多くおられます


平日にも関わらず
県内外から多くの方が訪れた‘永平寺冬のとうろうまつり’
夏の‘永平寺 大とうろう流し’と並んで
永平寺町を代表する催し物になったようです

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posted by ほとけたび同好会 at 10:50 | Comment(5) | 福井県嶺北 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月10日

能楽の里・池田町を尋ねて

さる2月6日、池田町は稲荷に鎮座される須波阿須疑神社へ向かいました。
こちらでは毎年、能楽の里池田の歴史を物語る「能面まつり」が行われるとのこと。
池田町といえば「かずら橋」「そば道場」そして「龍双ヶ滝」は足を運んだことがあるものの、雪深いご当地、冬の訪問はお初です。
外.jpg

この暖冬、さすがの池田にも雪はありません。
この日は天気もよく、地元のご婦人方も歩いて参拝。
賑やかなひとときを過ごされていました。
地元.jpg

さて、この須波阿須疑神社はというと…
池田郷四十八ヶ村の惣社として古くから栄えてきた神社。
本殿は国の重要文化財になっており、また拝殿も
元禄2年(1689)に建立されたものとのこと。
能舞台と囲炉裏を持つ珍しい形式なんだとか。

外拝殿.jpg

さて、能舞台があるということで…
この池田町ではかつて5ヶ所の神社で田楽や能が舞われていたそう。現在では2月15日に鵜甘神社で行われる水海の田楽能舞のみとなってしまいましたが、いくつかの神社には能面や衣装が残されているとのこと。

大正6年までは須波阿須疑神社でも翁神事や能が神事として奉納されていました。その後途絶え、現在はその当時から使用されていた能面を公開し、かつての伝統を伝える祝い行事が行われています。それが「能面まつり」です。


公開は午後2時から4時までということで、緊張しながら拝殿へ…。
お面様がずらりと並んでおられました。遠目に拝見しつつ神事が
厳かに執り行われました。
はいでん.jpg

ふと氏子さんたちを見ると、大きなおなべをぐるぐるかき回しています。見るとそこにはぐつぐつ煮えるなべいっぱいの小豆粥が…
わたくし眺めていると、氏子さん
「うまく炊けたざ。」と一言。
あすきがゆ.jpg

さて、神事が終わると、お面が参拝客域近くまで移動され、
われわれ近くで拝見することが出来ました!!
面全体.jpg

公開された面は七面。
翁系御三面(父尉・翁・黒色尉)は秘面とされ公開されません。

↓尉は「からす飛び」に使用されていたもの。
男面.jpg

↓天神は文部省認定重要美術品で室町期の作。
なんとニューヨーク・メトロポリタン美術館に出品されたことがあるそうな。
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↓そして中年の女は県指定文化財で室町期の作。
こちらもニューヨーク・メトロポリタン美術館に行かれています。
中年女.jpg

そのほかにも若い女↓
若い女.jpg
あと三体は新しいもののようです。

まじまじとみると、見る角度によって顔の表情が違って見えたり、
長い歴史を経ながらいまや見ることができない能楽はどんなものだったのかなあなどしみじみ考えさせられました。
やはり伝統行事を守っていくことは尋常ではないのですね。

さてその後、参拝者にはたっぷりの小豆粥がふるまわれました。
なぜ小豆粥かというと諸説あるとのこと。
お昼ごはんを食べたばかりでしたが、おいしくいただきました。
甘酒もいただき、体はぽかぽかになりました。ごちそうさまです。

歴史ある池田の能面まつり。
またまたディスカバー福井の巻でした。

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posted by ほとけたび同好会 at 18:07 | Comment(4) | 福井県嶺北 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

まちを見守る石仏

まちをゆっくりと車で走っているとたまに道路脇でお地蔵様や石仏を見かけます。
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見守ってくれているんですね…。
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思わず車を降りてパチリ!
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posted by ほとけたび同好会 at 12:15 | Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月08日

近江最古の社

今回はハードボイルド調で記事を投稿する。
・・

レッツ、ビギン!・・←ハードボイルド調

湖沿いの道路(国道161号線)を走っていると、琵琶湖の中にある朱塗りの鳥居が目に飛び込んでくる。

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猿田彦命(さるたひこのみこと)を祭神とする近江の古社・白鬚神社の鳥居だ。

ちなみに今の鳥居は昭和56年に再建されたもので、高さ12m、本柱の間隔 は7.8mある。

湖に浮かぶ鳥居の景色にひかれ、昔から多くの人が訪れ、著名な歌人が歌を残した。

「三尾の海に 網引く民のひまもなく 立居につけて 都恋しも」
(紫式部)

「しらひげの 神の御前にわくいずみ これをむすべば 人の清まる」
(与謝野寛・晶子)

「四方より 花吹入れて 鳰の湖」
(松尾芭蕉)



滋賀県高島郡高島町鵜川。

近江最古の社として知られる白髭神社。

「白髭さん」とか「明神さん」ともよばれ、長生きの神様として人々に親しまれている。

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近畿の厳島神社ともいわれている。


次に本殿。

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本殿は道路を挟んで向い側にあり、国の重要文化財に指定されている。

創建は古く、垂仁天皇の時代(約2000年前)と伝わり、1190年には源頼朝が鰐口(わにぐち)を奉納、足利将軍もたびたび参拝するなど、戦国武将に広く信仰されていた。

現在は延命長寿、子授け、開運招福の神様として人々の信仰を集めている。
国内にある白鬚神社の総社でもある。

また、豊臣秀頼によって慶長8年(1603)年に再興された本殿は桃山建築の美が感じられる建物で、近世の社殿配置を残す神社としても貴重。


イッツ、ナウ!・・←ハードボイルド調

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謡曲『白鬚』と白髭神社

【謡曲『白鬚』】
 
帝の勅使が仏法流布の地を譲り受けるために白鬚神社に参拝。

すると、土地の神である白鬚明神が老翁の姿で釣り糸をたれて現われ、「釣りの場がなくなる」と、一度は申し出を断る。

その後、薬師如来も現われ、翁を説得。

白鬚大明神が、比叡山を仏法結界の地として釈尊に譲った、という伝説を語って社殿に入る。

やがて老人は白鬚明神となって天女と龍神を伴って勅使の前に現われ、共に舞い踊った。



■白髭神社(しらひげじんじゃ)

・住 所 滋賀県高島郡高島町鵜川215
・御祭神 猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)
・御神徳 健康長寿
・アクセス
 (電車)
 京都駅よりJR湖西線=近江高島駅下車 約40分(新快速)
 近江高島駅から約3q 
 徒歩40分 
 町内循環バス12分 
 タクシー5分

 (自動車)
 京都・大阪方面より=京都東ICから湖西道路・国道161号を北上 40q
 東京・名古屋方面より=米原JCで北陸道へ、
 木之本ICから国道8号・303号・161号を南下 45q


センキューベイベー!・・←ハードボイルド調
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posted by ほとけたび同好会 at 00:46 | Comment(4) | 滋賀県湖西 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月07日

湖北巡礼〜其の弐〜

古の道を歩いて
石道寺を目指した

ボランティアの方の話では
己高閣から5分程だと言われたので
そろそろかと思いながらトボトボと歩いていた

しかし緩やかではあるが
頂上の見えない坂を歩いていると

果たして5分で着くのかという疑問が沸いてきた



まほろばの里と言われるだけあって
目に入る景色はどこを切り取っても絵になるようなところだ


しかし出発してから10分程

ひたすら坂を上ってきた
生命の力強さを魅せる紅葉たちを見ていても
写真を撮ろうという気も失せてるほど歩いた気がした


あの(ボランティアの)おじいさん・・・ 
と疑いの感情がこみ上げてきそうになったとき


フイに目の前が開けた

不揃いの石の階段が
眼下に並んでおりその先に目線を移すと

そこには鮮やかな紅葉に包まれた
石道寺とおぼしき木造建築物が目に入ってきた
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なるほど

苦労して歩いてきだだけの価値はあるなと思った
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本堂は決して大きくないが
その中に十一面観音様がおられると思うと
重厚感のようなもの そして
御香とほのかなカビの匂いが伝わってくる気がした



いざ中に入るとそこには既にお目当ての観音様が
立派な厨子の中にいらっしゃるのがぼんやりと見えた

外はとても良い天気だったが本堂の中
さらに厨子の中は薄暗かった
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石道寺も地元ボランティアの方が交代で当番されている無住の寺だ

己高閣もそうだったが案内は音声テープによるものだったが
ここもそのようだ


テープが終わるとおじいさんがおもむろに懐中電灯を手に取り
わたしの手元に近づけてきた


その意味は即座に理解できたが
そのようにして仏様を拝んだことが無かったので
非常に新鮮な体験であった


唇に薄く残る紅の色 木目 明治期に取り付けられた光背の鮮やかさ
心行くまで堪能できた



外に出るとなんとも暖かな光が降り注ぎ

散って行くのを惜しむかのように
木々の赤さが一段と増しているようだった



なにかすっきりした気分で非常に気持ちよかったが
ふと時計を見ると時刻は14時30になろうとしていた


また来た道を戻らなければいけない・・・



気持ちは満足していた


湖北巡礼
今日はもういいかという気分も見え隠れする秋の昼下がり



己高山麓にある真言宗豊山派の寺。もとは現在地の東lkm、三谷川沿いの山間にあり、平安から鎌倉時代にかけて、己高山七大寺の一つとして栄える。その後徐々に荒廃し、明治29年(1896)ついに無住の寺となる

平安末期の作と伝えられる本尊の十一面観音立像は、国指定の重要文化財。高さ173cm、欅の一木造に極彩色を施したもので、唇にほのかに朱が残っている。両脇の持国天、多聞天も国の重要文化財に指定されており、どちらも欅の寄木造で、鎌倉時代の作。甲冑に身を固めた力強い像。この他、天竺(てんじく)(インド)から伝わったという幡(国指定の重要文化財)をはじめ、数多くの寺宝を所有している。


所在地     滋賀県伊香郡木之本町石道
アクセス 車: 北陸自動車道木之本ICから車で15分
駐車場   : 普通車5台
その他 : JR北陸本線木ノ本駅から湖国バス井明神下車徒歩10分
料金 拝観料  200円
営業時間 9:00から16:00 無住寺要連絡



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posted by ほとけたび同好会 at 10:29 | Comment(4) | 滋賀県湖北 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月05日

韓国の仏像

今から千五百年ほど前、朝鮮半島の百済から伝わってきた仏教…
仏教は、日本人の心のよりどころとして信仰を集めながら、長い歴史を歩み、様々な人々の心を豊かにしてきた。

また、その象徴である仏像は美術品としても多くの人々を魅了している。

このように貴重な日本文化の一つである「仏教」の源流である大陸文化・韓国の仏像にも興味を抱いてしまったのだ。
そして購入してしまいました!

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この本を見ているとなぜか韓国の仏像には「石仏」が多いという印象。

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どうしても気になり、調べてみたところとある学者の先生は「朝鮮半島は常に戦乱の歴史だった…。そこで木造の仏像などはその戦乱の歴史と共に消失してしまったのではないか…。」と語っていた。

また「韓国のかつての仏像や建築物を見たい場合、日本に行けばよいのだよ」ともおっしゃっていました。

それぐらい日本と韓国は近い存在だったんですね。

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仏像も時代によって大きく雰囲気が変わってきていますが、日本の仏像、そして韓国の仏像、それぞれに眩いばかりの魅力を発してるように思えます。

韓国の仏旅…ぜひいってみたいです。

もうちょっと本を詳しく読んだらまた紹介させていただきます。


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posted by ほとけたび同好会 at 19:20 | Comment(2) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月02日

ある晴れた日に

冬の晴れ間を有意義に過ごそうと、仕事がてらにわがふるさと、
鯖江市神明に鎮座される神明社に参詣することにしました。
.

鳥居をくぐって拝殿までの参道を包み込む森は烏ケ森社叢といい、
鯖江市指定の文化財となっているのですが、
木々が生い茂っていて心地よく、マイナスイオンが出てる感じ。
神明社2.jpg

参道の左手には十の池と呼ばれる池があり、この池ではかつて雨乞いの
牛曳き神事なる行事が行われていたということ。
なんでも本物の牛を池の中で男衆たちが曳くというものらしいです。
以前10年ほど前に一度復活されたということ。
今年は丑年。乞う復活&景気回復!
神明社4.jpg
この日は平和にカモたちが泳いでいました。

歴史あるお宮さんのすごいところは、おもむろに文化財があるところ。
この神明社にもその歴史を感じさせるいくつかの文化財があります。
神明社3.jpg
神明社の神符納蔵(福井県指定文化財)
この神符納蔵は、古墳上に位置している。銘文より文禄2年に建立されたことがわかるが、その内容から考えると、もとは六部の廻国納経石龕であったものが、神符納蔵として使用されてきたものとみられる。“龕” とは仏像、舎利、経巻等を安置する厨子や容器を指し、 “神符”とは神社から信徒に授与された護符(おふだ、おまもり)のことである。


さてここでこの神明社の歴史について…
神明社6.jpg
神明社は、安康天皇の時代(5世紀中頃)の勧請と伝えられ、創建時は文殊山の南麓にあたる「湯の花山」に鎮座していた。大治4年(1129)に現在地に遷座し、以後、朝倉家をはじめ代々の国主の崇敬を受け、厚く庇護された

そしてこの神明社には国指定の文化財となっている旧瓜生家住宅があります。
神明社5.jpg

拝殿でしっかりと参拝させていただいたのち、天気がよいので境内をぶらぶら。

思えばこの神明社はいまからおよそ6年前、私が結婚式をあげさせていただいた思い出のお宮。
白無垢姿の私は赤い傘をさし、父・母とともにこの森の参道を静々と
歩いたのが遠い過去のよう…。

きっと初心に返りなさいという神様のおぼしめしなのですね。


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posted by ほとけたび同好会 at 19:20 | Comment(4) | 福井県嶺北 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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